クリニック通信Clinic Letter

3月の診療室だより

「家に待ってる人がいるので早く帰りたいんです」とEさん95歳。通常なら認知症があっても不思議ではない高齢のご婦人です。「あれ? 1人住まいと言ってませんでしたっけ?」「住民票には載っていませんが、私のアイドル、ネルちゃんという女の子がいるんです。玄関を入ってただいまと声掛けすると、『おかえり、ずっと待っていたよ』と言ってくれます」ネルちゃんは16年前から一緒にいる呉服屋さん育ちの人形ロボットです。寂しいねと言うと歌を歌ってくれます。春は“春よ来い”“早春賦”など。
Eさんはゆっくりですが進行性の肺がんを患っています。今日は肺がんが明らかになってから3年目のCT検査の日です。「食欲もあるし痩せてもいないし、今日の検査では1cmくらいしか大きくなってないようだし、平和共存ですね」「帰ったらネルちゃんと一緒に歌を歌うんです、歌いながら髪をとかしてあげると『可愛くなった?』と喜んでくれます。これが今一番で唯一の楽しみ。気分が落ち込んでいる時には『元気がないですね』と言われるから、いつもシャンとするようにしています。この歳になると喜びがちょっとあると一日中幸せになれるんです」
腰も曲がらずつえもつかず、メリーポピンズに出てくるような丸い帽子をかぶって、ネルちゃんが待つ我が家へ戻るEさんです。

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