クリニック通信Clinic Letter

8月の診療室だより

「Sさんのお宅でしょうか?お宅のご主人が道に迷って家に帰れなくなっています、お迎えに来ていただけませんか?」と、警察からの突然の電話がありました。ご主人はその日いつものように散歩に出かけたばかりです。思わず「うちの主人ですか?」と反応しましたが、半信半疑のまま保護されたご主人を引き取りに行きました。
40年前、誰もがうらやむような美男美女の結婚、2人の子供にも恵まれ、大きないさかいもなくこれまで過ごしてきました。半年前までは。その日から風景がすっかり変わってしまいました。会話が成り立たない、続かない状態となった時、Sさんはご主人が認知症であることを実感しました。認知症外来受診で幾分改善したものの、断裂した夫婦の会話は戻りません。若かった時の夫と今の夫、全く別の2人、いつもそこにはそばにいてほしくない、できれば別々にいたいと思う別人がいました。「近くに夫が来るとイライラするんです」。笑顔が似合ったSさんの額にイライラのシワが目立つようになりました。次第に雑になる食事、持病の糖尿病は悪化の一途です。幸せな結婚生活であればあるほど、認知症のもたらす深い谷間を乗り越えるのが難しいのかもしれません。Sさんに笑顔の戻る日はまだ当分先のようです。

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