クリニック通信Clinic Letter

7月の診療室だより

Sさん74歳、今日も不平たらたらです。「キッチンに立つと座り込みたくなるんです、キッチンに来ると震えがきて立っているのがやっとになるんです、ともかく食事を作りたくないんです、いつものように食卓に座って食事を待ってる人を見るとイライラしてきて、美味しいものを作って食べさせたいなんて50年以上も前の話」。何でもいいから食べさせて、自分は買ってきたジャンクフードで腹を満たして終わりというのがSさん夫婦の日常です。食事を作ることから解放されたい、誰かが作った食事を食べていたい、お金があったら高齢者マンションに移って、それも夫婦別々の部屋で生活したい。「高額の入所金が必要だし無理だよねえ」と愚痴って今日の診療は終了です。74キロの体重をゆするように帰途につくSさんでした。
食事忌避症とでもいうべき高齢夫婦が最近目立つようです。Oさん80歳は1年前に一軒家から高齢者マンションに引っ越しました。入所金250万円は食事作りの作業からの解放金と考えたそうです。夢の高齢者マンション生活、ここには申し訳程度のシンクを備えた台所があるのみ、食事を作る必要はありません。1年が経ってOさんは再び悩みをかかえていました。北の端の漁村からやってきたOさんにとってホッチャレともいうべきシャケの切り身には我慢ならないのです。「こんなシャケ、人間が食べるんだ、それもこの先ずうーっと」。食事を作るにも作れない高齢者マンション、老後の豊かな生活を夢見た転居は暗転を思わす暗雲が漂っています。

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