クリニック通信Clinic Letter

10月の診療室だより

脳梗塞にみまわれたご主人の介護に明け暮れたある日、Hさんは突然下肢の脱力感を覚え、そのまま床に座り込んでしまいました。この3カ月の間、夜昼なく、食事、下の介助に追われて心身共にボロボロ状態でした。時間とともにご主人のまひの状態も改善傾向となりましたが、それと反比例するかのようにHさんの下半身の脱力感が悪化、歩くのもやっとという有様です。ご主人の通う脳外科を受診するも原因がわからず、いろいろ薬を服用しますが改善傾向がないまま2カ月以上が経過しました。子どもたちが独立し家を離れ、夫婦二人だけの生活になってしまった家庭が増えています。伴侶の一方が倒れた場合、共倒れのようになってしまうことが多々あるようです。精神不安に陥り、ご主人または奥さんと似たような症状を呈することがあります。
ある日の午後、娘さんと一緒に杖をついて、やっと外来を受診したHさん。その後のメンタルクリニック受診後、次第に症状の改善が認められるようになりました。
外は秋の気配が漂う頃となり、歩けない状態から約半年が経った頃、Hさんは日本舞踊の晴れやかな舞台上にいました。会主として、流派のトップとして、凛とした佇まいは自身の完全復活を示すものでした。困難を乗り越え、やりきった表情で観客を見渡すその目線の先には、通路側で拍手を送る、杖をついたご主人と娘さんの姿がありました。

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