クリニック通信Clinic Letter

7月の診療室だより

 Мさん73歳の血圧は最近非常に不安定になっています。不眠がちの日々が続いているようで、眠剤使用がほぼ連日です。理由ははっきりしています。定年延長で最近まで働いていたご主人が家にしっかりと居るようになってからリズムがすっかり変わってしまったようなのです。会社人間だったご主人の居場所は家庭には存在せず、手持無沙汰の窓際生活を余儀なくされています。団塊の世代に育ったご主人、会社を唯一のよりどころとして生きて来て50年、奥さんのМさんとの結婚生活より長かった生活から離れて最後の砦となるはずだった家庭では使用済み核燃料並の扱いです。捨てるに捨てられないと家族は考えているのかもしれません。
 Мさんの家はつい最近建て替えました。自分達の力では自宅を持つのはかなわない次女夫婦の勧めに従った形です。所謂、二世帯住宅。老後の不安を抱えたМさん夫婦が建築費の大半を負担しました。次女夫婦は2階、自分達は1階とお定まりの住み分けになっています。退職金のほとんどを住宅建築に費やした結果、残りは年金のみ、毎月15日の年金支給日に合わせた生活は不安ばかりです。
 趣味をほとんど持たないМさん、買い物から帰ると寡黙なご主人、今までとすっかり変わった生活は高血圧に加えて重症の逆流性食道炎を引き起こしました。眠れない日々は明るかったМさんの表情を一変させてしまいました。今更ながら老後資金2000万の国会論争をうらめしく眺めています。1年前にこの論争をやってくれていたら退職金は別の使い道を辿っていたかもしれず、ご主人再生の道もあったのかもしれません。

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