クリニック通信Clinic Letter

12月の診療室だより

腰がすっかり曲がってしまって特製の歩行器を押して入ってきたIさん。お元気でしたか?の問いに、「お迎えが来てくれなくて、またヨボヨボ来てしまいました」と体型に似ず明るい笑顔が返って来ました。でもコロナにかかった後から味がわからなくなってしまって、食べる意欲がわかなくなってしまって、生き甲斐が一つなくなりました。Iさん88歳、熟年離婚した息子が孫と実家に帰ってきて今は3人家族。「寂しさはありませんが、腰が90度近く曲がると足元ばかり見ている生活となり自然と気分がふさがって来て明るい気分になれないんですよね、地面ばかり見ながら、この地面の下には何があるんだろうとか、死んだら土に還ると言うけど私ももう少しで足元の石ころになるんでしょうか?どうせなら足蹴りにされる石より盆栽に飾られる石を望むなんて贅沢でしょうか?」
定年退職した息子は家のことは掃除を除けば色々やってくれる、会社勤めの30歳の孫は優しく接してくれる、家の掃除は近くの娘が2週に1回やってくれている、高齢者の孤独死の報道を目にするごとに自分は幸せなんだろうなと思うようにしているとか。
「このクリニックに来ると周りに緑が多くてほっとします。あちらも緑が多い世界なんでしょうか?」。僕も行ったことがないのでよくわかりませんが、あちらの世界でも人手不足で忙しくてIさんまで目が向かないんでしょうかね。何となく納得したふりして帰宅するIさん。コロナ禍にあって味覚を失い身体も自由にならなくなったIさんの日常は、灰色の世界にいるような味気ない日々のまま今日もお迎えの来るのを待っています。

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