Fさん82歳、今朝も心配そうな顔つきで診察室の扉を少しずつ開けて入ってきました。「今日の検査と診察で悪い結果を言われないように、昨日の夜から仏壇に手を合わせて爺ちゃんにお願いしてきた」とまず報告です。焼酎もおいしく飲めたと確認しての受診です。
仏壇には70歳で亡くなったご主人の遺影が飾られています。15年前に亡くなったご主人は直腸がんでした。人工肛門が付けられていましたが、ほとんどたれ流し状態になっていることが多く、寝たきりの状態で長期入院中でした。Fさんは毎日朝から晩まで通って、わがままいっぱいのご主人の介護を続けました。介護の帰りに受診するたびに、「このクソじじい早く死ねばいいのに」と悪口雑言です。しかしある日の午後、骨壺を抱いてやってきたFさん。「こんなになっちゃった」。骨壺をなでながら、「これからは私の言う事を何でも聞いてくれるから、これで良かったかな」と骨壺に頬擦りしながら帰りました。
「今朝、仏壇の前で、『これからクリニックに行くから何でもないようにお願いしますよ』と言ったら爺ちゃんニコッと笑ってくれた」と。笑ってくれるまではお祈りするんだとか。
門徒宗の信者で信心深いFさん、受診の翌日はお寺参りです。週2回のお参りは欠かしません。「爺ちゃんとクリニックに守られているから心配ないよね」と今夜も大好物の焼酎にご満悦です。