クリニック通信Clinic Letter

3月の診療室だより

札幌駅前通地下歩行空間(愛称チカホ)の一角に、木製の長椅子が数個置かれています。今日もその1つに身体を丸めて1人ぽつんと座っている老婦人がいます。Iさん88歳、札幌の北の方から列車を乗り継いでやって来ました。心臓が悪くて長くは歩けませんが、ここに来るのが日課となっています。目の前をたくさんの人が歩くのを見るのが好きです。知らずに笑顔がこぼれます。2時間程のチカホ観察のあとは近くのデパートへ。上階の本屋さんに向かいます。お目当ては最近の本屋大賞の作品。来るたびに少しずつ読んでいくのです。小一時間そこで過ごしたあとは、その上の階のレストランへ。店名は知りませんがいつも決まった席に座ります。そしていつものように店長が運んで来るのはサラダボールに入れたいっぱいの野菜と一杯の赤ワイン、注文はしません。コロナ禍にあっても全く変わらないIさんの日常、あえて自分を大勢の人の前に晒してその片隅でひっそりといる自分を楽しんでいるかのようなIさんの生き方は、多くの高齢者の対極にあるように見えます。
午後2時、帰りの列車の長い座席には、1人ぽつんとIさんが座っていました。4時間のチカホ散策のあとのまどろみの時間です。

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