クリニック通信Clinic Letter

2月の診療室だより

 長年プール通いで身体を鍛えて来たIさん、今年88歳の米寿を迎える今も少し猫背が強くなった以外は意気軒昂です。そのIさんが昨年末大きな決断を迫られました。5歳下の奥さんが腰椎の圧迫骨折と認知症で動けなくなってしまったのです。食欲不振で食べることも出来ず、主治医から胃瘻造設を勧められる羽目に陥りました。選択肢をほとんど与えられないままに、結局、胃瘻造設手術が行われたのです。そして胃瘻造設後は入院の必要はなくなったとの判断で、自宅又は介護施設への移動が決まりました。

 ここにきてIさんは途方に暮れることになります。周りには子ども達はおらず自宅での介護は無理でした。探し回った介護施設は胃瘻造設者は門前払い、Iさんの住む小樽市には有料の介護付きマンションもなく、結局人伝てに得た情報から条件に合う介護付高齢者マンションを札幌に見つけました。ベッドからほとんど動けない奥さんを連れて平成最後の年の1月始め、終の棲家に辿り着きました。88歳のIさんの新たな門出です。今まで住んでいた小樽は知り合いも多く、外出の時も玄関の鍵を忘れることもしばしばでした。交通機関の充実した札幌の街はどこに行くのも便利です。東京に住む息子達も来やすくなったと喜んでくれていますが、1人Iさんのみ浮かぬ顔でとまどっている様です。マンションの近くには好きな水泳の出来る本格的なプールがあります。しかしながら隣にあるコンビニに行くのにも外出時は位置情報を知らせるポケット端末の携帯が義務付けられています。徘徊を警戒する当然の処置とも言えますが、自由人Iさんにとっては鎖に繋がれたも同然です。自由な生活から管理された生活へ、高齢者の憂鬱は更に悪化の度合を深めています。

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