Yさんは現在84歳、受診のたびに早く死にたいと訴える患者さんです。死にたいと言う割には定期的に受診され、薬の飲み忘れもないようです。
今日もいつもの様にしっかりとお化粧し、少し沈んだ表情で診察室に入って来ました。手には小さ目のハンドバック、中から取り出したのはビニール袋に包まれた写真でした。13年前に68歳で亡くなったご主人の遺影です。上原謙ばりの端正なマスクに手入れの行き届いたジャケットをまとい、生前のもて方をうかがわせるものでした。去年も早く迎えに来てくれと頼んだのに来てくれなかったとうらめしげです。あちらも忙しくてなかなか来れないんじゃないですかと口を滑らせたところ、そうなんです、あちらにいい人が出来たに違いない、早く行かないと取られてしまう、と真顔です。
あちらとこちらの世界の垣根が低くなったお年寄りが増えています。一般的には、死は怖いもの、忌み嫌うものと思われています。一方で子供達は巣立ち、年1~2回会うのが関の山、年金暮らしの身では(あまりお金もない)子供達を呼び寄せることも出来ず、いつしか1人ぼっち。唯一の残された希望、それが連れ合いの元へ早く旅立つこととなっている様です。今日もYさんはしっかりと2ヶ月分の薬を持って帰宅の途につきました。