クリニック通信Clinic Letter

10月の診療室だより

 身体がこわくて、と折り曲げるように診察室に入ってくるTさん。顔色は少し悪そうですが、足取りはしっかりして椅子に座ります。今日も自転車に乗ってやって来たようです。1年前に奥さんを亡くして今は一人暮らし、一時は体重が5㎏も落ちてこのままボケ状態かと危惧されましたが何とか持ちこたえ、近所に住む息子の助けも借りることなく何から何まで一人でやる生活が身に付いたようです。91歳になるTさん、奥さんの死を乗り越えて一人生活をする男性は非常に珍しい存在です。高齢化した夫婦の片方が亡くなった場合、何とか生き残れるのは圧倒的に女性の方と言えそうです。Aさんもその一人、5年前にご主人を亡くし二世帯住宅として建てた家に一人暮らし、87歳になった今も月に一度忘れることなく高血圧の薬を取りにやって来ます。お盆は埼玉や仙台の娘、息子夫婦がやって来て、総勢10人の大賑わいでした。帰った後一人残された寂寥感は、ご主人が亡くなった時を想い出すと言います。仏壇を背にして一人で食べる夕食、明日の朝は目が覚めていつもの様に一日が始まるのかな?と思いながら床につきます。
 身体がこわいって、いつも感じるんですか?との問いにTさんは、20分くらい歩くと感じるんだよねとの答え、おしっこも最近近くてと。2時間くらいに一回はトイレに行く、と、おちょくっているのではと思いまじまじと顔を見れば本人は大真面目。91歳の高齢で20分も歩けて2時間もトイレに行かないのは正常以上じゃないですか、との反応をこらえて聴診器をはずしました。奥さんの死を乗り越えてしたたかに生きる91歳の男性、ただ者ではありません。

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